こんばんはー。拍手ぱちぽちありがとうございます。
夏コミ受かりました。
8/10(土) 東地区 エ-03a です。
山スクの友達も受かってて、よかったー。
そして、今家の前の道端に20代前半と思われる男の子が泥酔気味に座り込んでいて、ちゃんと家に帰れるのかとても心配です。
暑いので窓を開けてたんですが、さっきからずっと話し声がするなー、と思ってですね。ちょっと覗いてみたら、携帯電話で彼女と話をしているみたいです。呂律がまわってないけど、大丈夫なのか……
あ、歩き出したぽい。
もの凄い千鳥足で帰っていきました。
あと30歩くらいで家に着くらしいです。どこの子か知らないけど、大丈夫だろうかご近所さん。
無事に部屋までたどり着けてるといいんですが……
にしても、あんな状態になっても、ちゃんと家に帰ろうとするって凄いですね。
生活する場所も、帰る場所も違ってても、なんやかんやと「ただいま」と「おかえり」をちゃんと言っている雲獄とか、かわいいですね。
と、昨日(6/1)書いて非公開にしてました……続きに突発SSがあります。
今見てみると、突発で書いたわりに長い気がしてきました。普通にテキストでUPしても良い長さだったかもしれない……
夏コミ受かりました。
8/10(土) 東地区 エ-03a です。
山スクの友達も受かってて、よかったー。
そして、今家の前の道端に20代前半と思われる男の子が泥酔気味に座り込んでいて、ちゃんと家に帰れるのかとても心配です。
暑いので窓を開けてたんですが、さっきからずっと話し声がするなー、と思ってですね。ちょっと覗いてみたら、携帯電話で彼女と話をしているみたいです。呂律がまわってないけど、大丈夫なのか……
あ、歩き出したぽい。
もの凄い千鳥足で帰っていきました。
あと30歩くらいで家に着くらしいです。どこの子か知らないけど、大丈夫だろうかご近所さん。
無事に部屋までたどり着けてるといいんですが……
にしても、あんな状態になっても、ちゃんと家に帰ろうとするって凄いですね。
生活する場所も、帰る場所も違ってても、なんやかんやと「ただいま」と「おかえり」をちゃんと言っている雲獄とか、かわいいですね。
と、昨日(6/1)書いて非公開にしてました……続きに突発SSがあります。
今見てみると、突発で書いたわりに長い気がしてきました。普通にテキストでUPしても良い長さだったかもしれない……
+ + + + + + + + + +
『それは酷く透き通る声で』
「あー、ちょっと待て。今家に着いたから」
電話越しにガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえてくる。カチャン、と錠の外れる音がして、キイ、と蝶番が鳴った。
――また遅くまで仕事をしていたのか。
雲雀は溜め息混じりに時計を見遣った。時刻は朝の六時を過ぎている。イタリアは二十三時過ぎだ。まだ起きているだろうと思って獄寺に電話をしたが、まだ家に帰っていないとは思ってなかった。
――それでも……。
普段、執務室で寝泊りすることが多いらしいから、家に帰っているだけマシなのだろう。
仕事が多いことも、それらが簡単に他人に任せれるような仕事でないことも知っている。もう少し自分の負担を減らすようにすればいいのに、とも思わなくもないが、そういうところも含めて『獄寺隼人』なのだろうとも解っていて。
「で、なんだっけ。こないだ送った資料のどこだ?」
バタン、と扉が閉まり、カチャン、とラッチがはまる音がした。
ボンゴレに仕事を依頼するにも、獄寺なら責任を持ってやると信用をしていて。連絡や仕事の遣り取りの多さからも、なにかと獄寺にものを頼むことが多かった。
「五枚目、下にあるグラフだよ」
部屋に向かっているのか、廊下を歩く靴音が聞こえてくる。前に一度だけ訪れたことがある獄寺の部屋を脳裏に思い浮かべて、描いたとおりのタイミングで扉が開く音がするのに、ふ、と雲雀は口の端を上げた。
「今、パソコン起動させてる」
そう報告があると同時に、ボスン、と椅子に座る音が聞こえてくる。椅子に凭れ掛かっているのか、ギシ、とリクライニングが軋むような音がかすかにしていて。
「獄寺」
こんな声が出るのかと、自分でも意外に思うほど穏やかな声でその名を呼ぶ。
「あー?」
なんだ、とくたびれた声が返ってくるのに、雲雀は小さく笑みを零した。
普段、上司や部下の前では気を張っているのか、そういった態度は見せないのに、自分の前では気兼ねなく出していて。気を遣っていないのか、それとも許しているのか。どちらなのかは判らないが、電話越しに聞こえてくるあくびを噛み殺した声に、自然と目が細まる。
「おかえり」
やわらかい声でそう告げると、獄寺は黙ってしまって。電話越しにもなにか気配が変わったのが解った。
「……おお、ただいま」
しばらくの無言のあとに返ってきた挨拶はぎこちなく、どこか気恥ずかしそうな声が聞こえてくる。だけど、そんなきまりの悪さはすぐに消えて。
「五枚目開いたけど、どれだって?」
さっき聞こえてきたのとは打って変わって冷静な、いつもの打ち合わせのときの低く真面目な声が受話器越しに響いた。
「右下にある、匣の検証数値に関する表だよ」
視線を手元の資料に落とし、頁下に記載されたグラフを見遣った。先日、ボンゴレと財団で匣に関する情報交換を行っていて。ボンゴレから渡された資料のなかに気になることがあった。
「ああ、これな」
面白いデータだろ、と笑みを浮かべる声に、為て遣られたか、という思いが頭を過る。
「これの試験データで、もっと詳しいのがあれば送って欲しいんだけど」
そう告げると、ふ、と息を漏らすのが耳元で聞こえて。相手は電話の向こうだというのに、その口の端を上げる不敵な顔が目の前に浮かんでくる。
「いいけど、その代わりに頼まれて欲しいことがある」
返ってきた言葉は想像していたとおりのことで。当て擦りのように無言のままでいると、依頼したい内容について話し出された。
「最近ちょっと厄介なことがあってな。こないだ会ったときにも話したと思うが……」
今、手元にある資料は自分が興味を持つことを見越して渡してきたのだろうと察しがついて。相手の予想したとおりに、まんまと連絡を取ってしまったことに、雲雀は小さく嘆息を零した。
獄寺の性格やボンゴレと財団の関係性を顧みて、データ自体に偽装はないだろう。今回気になった試験結果は、依然謎の多い匣の究明に役立ちそうなもので、是非とも詳細なデータが欲しい。だけど、相手から都合のいいように扱われるのは癪だった。
ボンゴレへの協力と匣の解明と。ふたつを天秤にかけ、雲雀は心の裡で溜め息を吐いた。
「……わかった」
「よし、交渉成立な。必要なのはそれだけか?」
不承不承に返事をすると、苦笑交じりにそう問い掛けられてきた。
「あと、九枚目と十八枚目のデータも寄越して」
「わかった、準備でき次第送る」
不服だという気持ちを隠さない声で要求すると、「そう文句言うなよ」とたいしてなだめる気のない声が返ってくる。「別に文句は言っていない」と不満を零すと、「そうかよ」と素っ気ない返事がされて。そのまま互いに無言になって、沈黙が流れた。
用件は終わったのだから、電話を切ってしまえばいいのに、なにか言い足りなさを感じていて。今回のことに対しての不平や不満を言いたいとかではなく、ただまだ話をしていたいという思いがあった。だけど、他人と必要最低限の会話しかしないのが常時だと、こういうときになにを話すものなのかがわからずにいて。
「獄寺」
そう名前を呼ぶと、電話越しに空気が揺れたような気がした。
「なんだよ?」
訝しがるような声が耳に響く。どこか気まずそうな、獄寺にしては珍しくおずおずとした声に、思わず目が細くなる。相手の策略にはまってしまったことの不満はすっかり消えていて。
「おやすみ」
ただ静かにそう伝えた。受話器のむこうには息を潜めたように寂とした空気が漂っていて、通話が切れてしまったのかと思うほどなにも聞こえてこなかった。
「…おう」
しばらくの沈黙のあと、酷くぎこちない挨拶が返ってきて、そのまま獄寺は黙りこくって。
「……雲雀」
どこかばつが悪そうに名を呼び返される。
「なに?」
短く返事をすると獄寺は少し言い澱んで。
「あー……おはよう」
ほんの短い挨拶を、酷く言い難そうに掛けられた。夜中の相手に「おやすみ」と言ったら、朝の自分にたいして「おはよう」と返してきて。律儀な性格だ、と雲雀は笑みを零した。
「おはよう」
瞼を伏せてそう返すと、「ああ…」と気まずそうな声が聞こえてくる。
「じゃあね、早く寝なよ」
「ああ、お前も気を付けてな」
日本とイタリアとで時差があるからではあるが、少しおかしな挨拶を交わして電話を切った。
仕事で接点が多くなってはいるが、連絡を取ったときにさっきのように挨拶を交わすなんて今までなく。考えてみれば、はじめてだったんじゃないだろうか、と雲雀は手に握った携帯電話をじっと眺めた。
以前よりも近くなった距離に若干の違和感を覚えるが、群れるという不快感はなく。自分でも意外なことを言ったと思うが、それよりも獄寺の反応が面白く感じられた。
『おはよう』
たったそれだけのことを、喉になにかが痞えたかのように言い辛そうにしていて。そのときの獄寺の声を思い出して、ふ、と笑みを漏らした。
顔を横に向けると、縁側のむこうの庭に明るい光が差し込んでいて、深く色付いてゆく緑が目に映ってくる。夏に近付いて随分と日が長くなってきてはいたが、まだ七時になっていない朝の陽射しはまだやわらかかく。若葉の混じる深緑がまどろむように風に揺れている。空は青く晴れ渡っていて、白い雲が気持ちよさそうに浮かんでいた。
* * *
「……なんか、疲れた」
携帯電話を脇に置くと、獄寺は机の上に力なく倒れ込んだ。額を机に当て、溜め息を吐いて。明日が休みで良かった、と瞼を閉じて、休日のありがたさを噛み締める。
――それにしても……。
一体なんだったんだ、と獄寺はうつ伏せたまま机を見詰めた。真っ黒な天板を見ていると、さっきまで話をしていた男の姿が目の奥に浮かんできて。その漆黒の瞳を振り払うように頭を振った。
電話越しに呼ばれた声は、酷く透き通っていて。携帯電話を耳に当てているのだから、当たり前といえば当たり前なのだが、まるで耳元で囁かれたようだった。
雲雀の声は、はじめて聞いたと思うほどやさしい声で。
『おかえり』
そう言われたときは唯々驚いたが、しばらく経つとだんだんと違う感情が湧いてきていて。困惑と動揺で気持ちが波立って、その上澄みに浮かび上がりそうになっていた自分でも解らない感情が綯い交ぜになってゆく。
電話を切ったというのに、今もまだ耳の奥で雲雀の声が反響していて。「おかえり」という短い言葉が、自分のなかに沁み込んでいくような感覚に襲われる。
酷くざわついて、落ち着かない。
それに、雲雀から「おかえり」などと言われることも変だった。一瞬、なにを言われたのか解らずに思考が止まったが、反射的に「ただいま」と答えていて。ぎこちない返事をしたものの、すぐになにも無かったかのように会話の続きに入った。冷静になるように努めて進めていった交渉は、計画していたとおりに上手くいって。雲雀が不服そうにしながらも了承して、それで話が終わるはずだったのに、変な沈黙が降りてきた。
『獄寺』
そう名前を呼ばれて、なにか難癖か、難題でも突きつけてくるのかと思えばそうではなくって。
『おやすみ』
低く凛とした声が耳元でそう囁かれた。
とりあえず返事をしたが、そんな挨拶を言われただけだということに不安が湧き上がってきた。しばらく黙っていても、雲雀が他になにかを言ってくることはなく、居心地の悪さがじわじわと色濃くなっていった。
雲雀に怒っている様子はなかったが、このまま電話を終わらせるとなにか不味い気がして。なにか言おうと思って名前を呼んだが、なにも出てこなかった。咄嗟に口にしたのは、「おはよう」という言葉だけで。雲雀からは普通に挨拶が返ってきたが、なにか余計に状況が悪くなったような気がした。
なんの状況が悪いのか。色々な感情が綯い交ぜになって、沈殿していたものが舞い上がって底が見えなくて。
これ以上考えるのは、触れてはいけない淵に沈んでいくようで。獄寺は沈吟するのを止めて、うつ伏せになっていた上体を起き上がらせた。椅子に寄り掛かると、背凭れが後ろに倒れてゆく。
ゆっくりと椅子を回して窓のほうを眺めると、外は闇に包まれていた。ぽつり、ぽつり、と家の灯りが地上にともされて、その上に星のまたたきが広がっている。窓ガラスに映る自分の姿は影のせいか疲れているように見えて。
「寝るか…」
獄寺は苦笑を漏らすと、椅子から立ち上がった。
ここのところ忙しくて、あまり休めていなかった。少し難局になりつつある事案があったが、さっきの電話で財団の協力を得られたから、これでいい方向へむかっていくだろう。獄寺は髪の毛を掻き上げると、安堵の溜め息を吐いた。
雲雀がなにを考えているのかが解らないのは昔からで。さっきのことも単なる気まぐれに言ったことなんだと、ひとり納得をして、部屋から出て行った。
灯りの消えた部屋の窓の外では、夜空に輝く星がやさしい瞬きを落としていた。
--------
付き合ってはいなくて、仕事とかで距離が近くなりつつあるけど、ふいに意外なところに踏み込まれてきて困惑してぎこちなくなる右腕と、ふらっと間合いを詰めたときの相手の反応が面白くて無意識に近寄っていく財団長というお話。
夜中に酔っ払って道端に座り込んで、彼女か誰かに電話しながら千鳥足で家に帰る男の子を見て書き出したらこうなりました。
付き合ってるふたりで、離れているのに「ただいま」と「おかえり」を言う雲獄を書こうと思っていたのに、いつの間にか付き合ってなくて「ただいま」と「おかえり」を言って、自分たちの距離が変わってるのにそれぞれ違った違和感を持つ雲獄になってました。
予定通りの道をたどれない、千鳥足な突発SSでした。
「あー、ちょっと待て。今家に着いたから」
電話越しにガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえてくる。カチャン、と錠の外れる音がして、キイ、と蝶番が鳴った。
――また遅くまで仕事をしていたのか。
雲雀は溜め息混じりに時計を見遣った。時刻は朝の六時を過ぎている。イタリアは二十三時過ぎだ。まだ起きているだろうと思って獄寺に電話をしたが、まだ家に帰っていないとは思ってなかった。
――それでも……。
普段、執務室で寝泊りすることが多いらしいから、家に帰っているだけマシなのだろう。
仕事が多いことも、それらが簡単に他人に任せれるような仕事でないことも知っている。もう少し自分の負担を減らすようにすればいいのに、とも思わなくもないが、そういうところも含めて『獄寺隼人』なのだろうとも解っていて。
「で、なんだっけ。こないだ送った資料のどこだ?」
バタン、と扉が閉まり、カチャン、とラッチがはまる音がした。
ボンゴレに仕事を依頼するにも、獄寺なら責任を持ってやると信用をしていて。連絡や仕事の遣り取りの多さからも、なにかと獄寺にものを頼むことが多かった。
「五枚目、下にあるグラフだよ」
部屋に向かっているのか、廊下を歩く靴音が聞こえてくる。前に一度だけ訪れたことがある獄寺の部屋を脳裏に思い浮かべて、描いたとおりのタイミングで扉が開く音がするのに、ふ、と雲雀は口の端を上げた。
「今、パソコン起動させてる」
そう報告があると同時に、ボスン、と椅子に座る音が聞こえてくる。椅子に凭れ掛かっているのか、ギシ、とリクライニングが軋むような音がかすかにしていて。
「獄寺」
こんな声が出るのかと、自分でも意外に思うほど穏やかな声でその名を呼ぶ。
「あー?」
なんだ、とくたびれた声が返ってくるのに、雲雀は小さく笑みを零した。
普段、上司や部下の前では気を張っているのか、そういった態度は見せないのに、自分の前では気兼ねなく出していて。気を遣っていないのか、それとも許しているのか。どちらなのかは判らないが、電話越しに聞こえてくるあくびを噛み殺した声に、自然と目が細まる。
「おかえり」
やわらかい声でそう告げると、獄寺は黙ってしまって。電話越しにもなにか気配が変わったのが解った。
「……おお、ただいま」
しばらくの無言のあとに返ってきた挨拶はぎこちなく、どこか気恥ずかしそうな声が聞こえてくる。だけど、そんなきまりの悪さはすぐに消えて。
「五枚目開いたけど、どれだって?」
さっき聞こえてきたのとは打って変わって冷静な、いつもの打ち合わせのときの低く真面目な声が受話器越しに響いた。
「右下にある、匣の検証数値に関する表だよ」
視線を手元の資料に落とし、頁下に記載されたグラフを見遣った。先日、ボンゴレと財団で匣に関する情報交換を行っていて。ボンゴレから渡された資料のなかに気になることがあった。
「ああ、これな」
面白いデータだろ、と笑みを浮かべる声に、為て遣られたか、という思いが頭を過る。
「これの試験データで、もっと詳しいのがあれば送って欲しいんだけど」
そう告げると、ふ、と息を漏らすのが耳元で聞こえて。相手は電話の向こうだというのに、その口の端を上げる不敵な顔が目の前に浮かんでくる。
「いいけど、その代わりに頼まれて欲しいことがある」
返ってきた言葉は想像していたとおりのことで。当て擦りのように無言のままでいると、依頼したい内容について話し出された。
「最近ちょっと厄介なことがあってな。こないだ会ったときにも話したと思うが……」
今、手元にある資料は自分が興味を持つことを見越して渡してきたのだろうと察しがついて。相手の予想したとおりに、まんまと連絡を取ってしまったことに、雲雀は小さく嘆息を零した。
獄寺の性格やボンゴレと財団の関係性を顧みて、データ自体に偽装はないだろう。今回気になった試験結果は、依然謎の多い匣の究明に役立ちそうなもので、是非とも詳細なデータが欲しい。だけど、相手から都合のいいように扱われるのは癪だった。
ボンゴレへの協力と匣の解明と。ふたつを天秤にかけ、雲雀は心の裡で溜め息を吐いた。
「……わかった」
「よし、交渉成立な。必要なのはそれだけか?」
不承不承に返事をすると、苦笑交じりにそう問い掛けられてきた。
「あと、九枚目と十八枚目のデータも寄越して」
「わかった、準備でき次第送る」
不服だという気持ちを隠さない声で要求すると、「そう文句言うなよ」とたいしてなだめる気のない声が返ってくる。「別に文句は言っていない」と不満を零すと、「そうかよ」と素っ気ない返事がされて。そのまま互いに無言になって、沈黙が流れた。
用件は終わったのだから、電話を切ってしまえばいいのに、なにか言い足りなさを感じていて。今回のことに対しての不平や不満を言いたいとかではなく、ただまだ話をしていたいという思いがあった。だけど、他人と必要最低限の会話しかしないのが常時だと、こういうときになにを話すものなのかがわからずにいて。
「獄寺」
そう名前を呼ぶと、電話越しに空気が揺れたような気がした。
「なんだよ?」
訝しがるような声が耳に響く。どこか気まずそうな、獄寺にしては珍しくおずおずとした声に、思わず目が細くなる。相手の策略にはまってしまったことの不満はすっかり消えていて。
「おやすみ」
ただ静かにそう伝えた。受話器のむこうには息を潜めたように寂とした空気が漂っていて、通話が切れてしまったのかと思うほどなにも聞こえてこなかった。
「…おう」
しばらくの沈黙のあと、酷くぎこちない挨拶が返ってきて、そのまま獄寺は黙りこくって。
「……雲雀」
どこかばつが悪そうに名を呼び返される。
「なに?」
短く返事をすると獄寺は少し言い澱んで。
「あー……おはよう」
ほんの短い挨拶を、酷く言い難そうに掛けられた。夜中の相手に「おやすみ」と言ったら、朝の自分にたいして「おはよう」と返してきて。律儀な性格だ、と雲雀は笑みを零した。
「おはよう」
瞼を伏せてそう返すと、「ああ…」と気まずそうな声が聞こえてくる。
「じゃあね、早く寝なよ」
「ああ、お前も気を付けてな」
日本とイタリアとで時差があるからではあるが、少しおかしな挨拶を交わして電話を切った。
仕事で接点が多くなってはいるが、連絡を取ったときにさっきのように挨拶を交わすなんて今までなく。考えてみれば、はじめてだったんじゃないだろうか、と雲雀は手に握った携帯電話をじっと眺めた。
以前よりも近くなった距離に若干の違和感を覚えるが、群れるという不快感はなく。自分でも意外なことを言ったと思うが、それよりも獄寺の反応が面白く感じられた。
『おはよう』
たったそれだけのことを、喉になにかが痞えたかのように言い辛そうにしていて。そのときの獄寺の声を思い出して、ふ、と笑みを漏らした。
顔を横に向けると、縁側のむこうの庭に明るい光が差し込んでいて、深く色付いてゆく緑が目に映ってくる。夏に近付いて随分と日が長くなってきてはいたが、まだ七時になっていない朝の陽射しはまだやわらかかく。若葉の混じる深緑がまどろむように風に揺れている。空は青く晴れ渡っていて、白い雲が気持ちよさそうに浮かんでいた。
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「……なんか、疲れた」
携帯電話を脇に置くと、獄寺は机の上に力なく倒れ込んだ。額を机に当て、溜め息を吐いて。明日が休みで良かった、と瞼を閉じて、休日のありがたさを噛み締める。
――それにしても……。
一体なんだったんだ、と獄寺はうつ伏せたまま机を見詰めた。真っ黒な天板を見ていると、さっきまで話をしていた男の姿が目の奥に浮かんできて。その漆黒の瞳を振り払うように頭を振った。
電話越しに呼ばれた声は、酷く透き通っていて。携帯電話を耳に当てているのだから、当たり前といえば当たり前なのだが、まるで耳元で囁かれたようだった。
雲雀の声は、はじめて聞いたと思うほどやさしい声で。
『おかえり』
そう言われたときは唯々驚いたが、しばらく経つとだんだんと違う感情が湧いてきていて。困惑と動揺で気持ちが波立って、その上澄みに浮かび上がりそうになっていた自分でも解らない感情が綯い交ぜになってゆく。
電話を切ったというのに、今もまだ耳の奥で雲雀の声が反響していて。「おかえり」という短い言葉が、自分のなかに沁み込んでいくような感覚に襲われる。
酷くざわついて、落ち着かない。
それに、雲雀から「おかえり」などと言われることも変だった。一瞬、なにを言われたのか解らずに思考が止まったが、反射的に「ただいま」と答えていて。ぎこちない返事をしたものの、すぐになにも無かったかのように会話の続きに入った。冷静になるように努めて進めていった交渉は、計画していたとおりに上手くいって。雲雀が不服そうにしながらも了承して、それで話が終わるはずだったのに、変な沈黙が降りてきた。
『獄寺』
そう名前を呼ばれて、なにか難癖か、難題でも突きつけてくるのかと思えばそうではなくって。
『おやすみ』
低く凛とした声が耳元でそう囁かれた。
とりあえず返事をしたが、そんな挨拶を言われただけだということに不安が湧き上がってきた。しばらく黙っていても、雲雀が他になにかを言ってくることはなく、居心地の悪さがじわじわと色濃くなっていった。
雲雀に怒っている様子はなかったが、このまま電話を終わらせるとなにか不味い気がして。なにか言おうと思って名前を呼んだが、なにも出てこなかった。咄嗟に口にしたのは、「おはよう」という言葉だけで。雲雀からは普通に挨拶が返ってきたが、なにか余計に状況が悪くなったような気がした。
なんの状況が悪いのか。色々な感情が綯い交ぜになって、沈殿していたものが舞い上がって底が見えなくて。
これ以上考えるのは、触れてはいけない淵に沈んでいくようで。獄寺は沈吟するのを止めて、うつ伏せになっていた上体を起き上がらせた。椅子に寄り掛かると、背凭れが後ろに倒れてゆく。
ゆっくりと椅子を回して窓のほうを眺めると、外は闇に包まれていた。ぽつり、ぽつり、と家の灯りが地上にともされて、その上に星のまたたきが広がっている。窓ガラスに映る自分の姿は影のせいか疲れているように見えて。
「寝るか…」
獄寺は苦笑を漏らすと、椅子から立ち上がった。
ここのところ忙しくて、あまり休めていなかった。少し難局になりつつある事案があったが、さっきの電話で財団の協力を得られたから、これでいい方向へむかっていくだろう。獄寺は髪の毛を掻き上げると、安堵の溜め息を吐いた。
雲雀がなにを考えているのかが解らないのは昔からで。さっきのことも単なる気まぐれに言ったことなんだと、ひとり納得をして、部屋から出て行った。
灯りの消えた部屋の窓の外では、夜空に輝く星がやさしい瞬きを落としていた。
--------
付き合ってはいなくて、仕事とかで距離が近くなりつつあるけど、ふいに意外なところに踏み込まれてきて困惑してぎこちなくなる右腕と、ふらっと間合いを詰めたときの相手の反応が面白くて無意識に近寄っていく財団長というお話。
夜中に酔っ払って道端に座り込んで、彼女か誰かに電話しながら千鳥足で家に帰る男の子を見て書き出したらこうなりました。
付き合ってるふたりで、離れているのに「ただいま」と「おかえり」を言う雲獄を書こうと思っていたのに、いつの間にか付き合ってなくて「ただいま」と「おかえり」を言って、自分たちの距離が変わってるのにそれぞれ違った違和感を持つ雲獄になってました。
予定通りの道をたどれない、千鳥足な突発SSでした。
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